トップ
しまなみマガジン
関わりすぎない、という関わり方

しまなみマガジン

magazine

関わりすぎない、という関わり方

手を貸したい気持ちを、ぐっと堪えるとき

野外活動の現場で、私たちは常にひとつの問いを自分たちに投げかけています。それは「今、目の前の彼らに対して、スタッフとして何をすべきか。あるいは、何をすべきではないか」という問いです。

例えば、重い荷物を背負って坂道を登る子が、今にも泣き出しそうな顔をしているとき。あるいは、地図を広げたままグループ全員が道に迷い、途方に暮れているとき。スタッフが「代わってあげようか」「あっちの道だよ」と一言声をかければ、その場の問題はたちまち解決します。

しかし、しまなみ野外学校のスタッフが選ぶのは、多くの場合「関わりすぎない」という選択です。

「成功」よりも「納得」を優先する

私たちが目指しているのは、単に目的地にたどり着くことや、プログラムを時間通りに終わらせることではありません。大切なのは、その過程で彼らがどれだけ自分の頭で考え、仲間と対話し、自分たちなりの答えを導き出したかというプロセスです。

大人が先回りして答えを与えてしまうことは、彼らが本来得られるはずだった「試行錯誤の機会」を奪ってしまうことでもあります。

「関わりすぎない」というのは、決して放任することではありません。彼らが自力で立ち上がるための「根っこ」を育めるよう、安全の境界線を見極めながら、あえて少し離れた場所から信じて見守る。それは、助けること以上にエネルギーを必要とする、忍耐強い「関わり方」なのです。

見守ることで生まれる、小さな変化

じっと見守っていると、面白いことが起こり始めます。 大人が介入しない空白の時間があるからこそ、子どもたちの中から「こうしてみない?」という提案が生まれ、誰かが差し出した手が、誰かの支えになっていく。

自分たちの力で困難を乗り越えたとき、彼らの表情には、人から与えられた成功体験では得られない、力強い「納得感」が宿ります。そのとき、彼らの心の中に眠っていた「遺伝子のスイッチ」が、静かに、しかし確かにオンになるのを感じる瞬間があります。

共に気づき、共に考える伴走者として

スタッフは、知識を授ける「先生」ではなく、共に自然の懐に飛び込む「伴走者」でありたいと考えています。

しまなみの豊かな、しかし時には厳しい自然環境は、私たちスタッフにとっても多くの気づきを与えてくれます。思い通りにいかない状況を、どう受け入れ、どう楽しむか。その姿勢を背中で見せることこそが、言葉以上に雄弁なメッセージになると信じています。

前へ 次へ
一覧に戻る