FC今治高校2年生 圧倒的な自然と出会う 晩秋の森で暮らそう④
FC今治高校里山校(通称:FCI)2年生のヒューマンディベロップメントプログラム(通称:HDP)が10月15日(水)よりはじまりました。
2年生の授業は2つのステージに分かれています。
First Stage 『晩秋の森で暮らそう』
Second Stage 『幻冬の新潟の雪の中で暮らそう』
10月からのFirst Stageでは、ヒトという動物が遥か昔、森の中で暮らしていた、その確認。そこかしこに散りばめられるように存在する不便を通じて、自ら考えて行動し「生きる知恵」に変えていく時間です。
11月5日(水)〜7日(金)の2泊3日で圧倒的な自然と出逢うFirst Stage『晩秋の森で暮らす3日間』を実施いたしました。
雨の中「ぼうしろの森」でのフィールドワークを2回重ね、迎えた本番は荒天に恵まれました。森の入り口に到着し、仲間と共に資機材の荷上げから始まった森での暮らし。
…ちょっとぐらい不便な方が「オレやってるな」「オレ生きてるな」って証のドキドキが詰まっている瞬間に出会えるんだよ。ちょっとぐらい不便な方が“自由”って何だと“考えている”よりも、“生きる行動(リアル)”の中で“自由”に出会えてたんだよ。
入学してから一年と半年が経った今(17歳の時間)、悩みと迷いがごちゃ混ぜになって苦しんでいたんだね。
仲間と共に有り合わせの物で作り上げた森の中での暮らしは、まるで9人で作り上げる村のよう。生活の拠点を何処に作って、水を汲み上げ濾過をして、カマドを作って火をおこし、寝床を作って食事の用意。
9人の仲間で作り上げる新しいコミュニティは「コミュニティを作ろう!」なんて力を入れずに、できる人ができることをやって、その小さな出来事を互いにやってあげたり、やってもらったり…。
遠い北国のいうところの「手間返し」だったね。人が人と共に生きていく中で、見返りを求めず自然の中でできた、この“手間返し”こそが、コミュニティ作りの原点なんだっておぢちゃんは思うわけです。
“手間返し”を通じて「やってあげたい」気持ちが芽生えた時、学びなんて飛び越えて手探りの中でも、無器用でも“やってもらった”ことに対して“やってあげたい”という気持ちが湧いてくる。出来栄えはどうであれ、笑い合って喜び合った、この時間こそ「恩送り」という“手間返し”だけでは測れない、“心のありがとう”の形でした。
まるでお金のない時代の様に不便を楽しみ、自由を手に入れた。それは森の中でこだまする笑い声が、なんたってその証。
今年最大の満月が雲の流れの中で、そっと顔を出した夜も耽る頃、小さな焚き火を前に静かに語り合っていた。
雨が静かに降り出す深夜には、あちこちで寝息が聞こえる森の中で、鹿が「寝床を取られたよ」と言わんばかりに、ピッて鳴き交わしていた。仲間との朝食も終わり、グループの寝床を森の民に返して、いよいよ一人が森で暮らす時間を迎える。
一人で過ごす森の時間は、辛いのかな、寂しいかな、いろんな思いが渦巻いているようだけれども、そんな思いを断ち切るように、一人また一人と、ソロでの暮らしの道具を背負って森に消えていく。
火が起こせずご飯を食べられない者、微妙に寝床が決まらない者、寂しくて寝るしかない者…
27人27様のソロでの森の暮らしの中で、「今」「これから」のリフレクションシートに向き合う。昨日までの「今」と一人ぼっちの中で思う「今」に、小さくもあり、大きくもある違いを発見した生徒たち。
そっと君たちの心の中を覗くように、今日も大きなお月様が闇を照らしてくれていた。静かに更けた夜も、日の出と共に待ち遠しい明日が来る。朝日を迎え、一日の始まりを待って、待ちに待った仲間との再会。たった24時間だけれども、深い森から一人で出てきて、出会った仲間たちの顔は、一生懸命過ごした時間を経た穏やかな顔になったように見えました。
小さなグループに分かれてシェアしたい「これから」に向き合って対話する中で、一人一人の中で今までうっすらぼんやりしていた気持ちの中に、まるで小さな種から発芽したような、どこか「歩む覚悟」のようなものが見えた生徒もいたかな。
最後には、全体で一つの輪になってのトーキングサークル。この森での時間のことだったり、小さいような大きな決意に出会ったり、今までの自分とこれからの自分のことなど、「今」というこの時間に咲いた花のように、ポツポツと誰かから共になく語り始めてくれたことが嬉しかった。
この3日間の森での暮らしを経て、いよいよ次は「雪と暮らす6日間」の時間へと移ります。圧倒的な自然と出逢うSecond Stageが終わる頃、君たちはここでの暮らしや学びがあと一年となる。そんな節目の時間に携われる私たちは、とてもありがたく、喜びを感じます。
考えるな、動け。動けば変わる! ー山田バウ
がってん